“…,それが 美術館等の「制度」によって定められた場合に Art と定 義しうるものになるにすぎない,という批判的議論もな されている (Gell, 1999:187- (Ross et al, 1998)など,複数のアプローチから研究が なされている。あるいは器物そのものを対象とした研究 ではなく, 民族誌で儀礼や社会制度を取り上げるなかで, そこで用いられるモノの役割を,その民族の日常生活や 宗教観念などと結びつけて分析する研究も数多くなされ ている(e.g. Griaule et Diéterlen, 1965) 。 こうした「伝統的」アフリカン・アートにかんする豊 富な研究蓄積の一方で,同時代のアフリカのアート/ アーティストの文化人類学的研究は限られている。1980 年代以降,アフリカの同時代アートの大規模な展覧会が 欧米を中心に開催されるにともない,その来歴や作品 の紹介がさかんになされるようになった (CGP, MNAM, 1989;Vogel ed., 1991;Fall and Pivin eds., 2002) Smith, 1982) , ニャマと結びつきの深い血が放出される割礼儀礼や狩人 の狩猟,その秘密結社 4) (donso-ton)の儀礼などで重要 な役割を果たしてきた(図1) (Gardi ed., 2003:95;Brett-Smith, 1982;Duponchel, 2004) 。また,モチーフに特定の 意味をもたせることで,バマナンの歴史やそこから得ら れる「教訓」が描き込まれている歴史語りのボゴランも 存在する (Keita et Albaret, 1991: 38-42) 。 このように,バマナンの宗教・社会的観念と密接な関 係をもち,それゆえにバマナンの社会に深く埋め込まれ てきたボゴランであったが,20 世紀初頭に入ると,大 量生産の安価なプリント布の流入や制作者たちの生活形 態の変化により,その技法の継承が危ぶまれるように なった (Rovine, 2001: 2) 。しかし,1990 年代以降には 「ボゴラン・リバイバル」とも呼ばれるボゴランの再評 価がおこり,ボゴラン布は洋服 5) やインテリア布,ブッ クカバーなどの日用品として国内外の人びとに用いら れ,外国人観光客に人気の高い土産物のひとつにもなっ た (Rovine, 1997) 。 近年ではボゴランは,バマナンに限らずマリの他のエ スニック・グループによっても,アートとして,また土 産物として男女問わず製作・使用されるようになってい る (Rovine, 1997: 43-46 (Ebong, 1991: 198-199) 。かれの思想によれば,アートは「政治 とともに国家の経済的成長に向けて互いを補完するも の」であり(M' Bengue, 1973: 10) ,アーティストはそ の政治的方針,思想を具現化する「親愛なる子どもた ち(chers enfants) 」 (Harney, 2004: 52) ,その国を内外に アピールする「大使」 (Ebong, 1991: 204)であった。劇 場,美術館,芸術学校の建設,伝統的アートの収集・保 存,ワークショップの開設,世界各国でのセネガル人 アーティストの巡回展などに費やすため文化省に配分さ れる額は,国家予算の 25-30% に及んだという (Senghor, 1989;Harney, 2004: 49 (Keita, 1961;Hazard, 1969) 。独立直後の 1961 年からは,農村経 済の発展,手工業,教育,保健の近代化などに重点を置 く5ヵ年計画が実行された (Diarrah, 1991: 41-46) 。 また,政府は全国レベルの施策に加えて,各種の協同 組合や相互扶助組織を村・郡・県・州の各レベルで結成 させることで, 「下からの」経済的・社会的基盤の構築 をめざした (Diarrah, 1991: 44) 。こうした組織のなかで も,村レベルで組織された相互扶助組織 ton(トン)は, 独立後のマリの土着的社会主義政策の特徴が顕著にあら われたものであろう (Diarrah, 1986: 71-80) (Vogel, 1988: 14) 。これを受けてジェルも アートの可能な定義として,以下の3つを挙げている。しか しかれ自身は3つ目(制度が定めるアート)だけを受容可能 としている。その定義とは,アートとは,1)西洋美学的見 地からみて優れているとされるもの,その美的価値が誰の目 からみてもすぐにわかると信じられているもの,2)美術史 art-history によって解釈され,理解されるもの,3)制度によ るもの,つまり,美術館等の制度が定めたもの (Gell, 1999: 187-188 Groupe Bogolan Kasobane is a Malian artists group who used traditional mud-dying techniques bogolan in their art works. Traditional bogolan have faced the crisis of disappearance when Kasobane began their carrier as contemporary art...…”